技術の進歩で脂肪の生着率が大きく向上
広く普及するまでにはまだまだ多くの課題が
- 第19回E-BeCオンラインセミナー
「脂肪注入再建のことをもっと知りたい!専門家にきいてみよう
“培養脂肪幹細胞付加脂肪編” -
2022年3月12日(土)12:00~13:30
講師:富山大学附属病院 佐武 利彦先生
講師:KO CLINIC 武藤 真由先生
Ⅰ.“脂肪注入”による再建に適応する患者さんは限られています
乳房再建手術の分野で、いま大きな注目を集めているのが“脂肪注入”による再建です。患者さんのお腹や太もも、お尻などから吸引した脂肪組織を遠心分離機にかけて精製し、これを再建する部分の筋肉組織に細かく注入して生着させる方法です。
吸引した脂肪を注入するだけで乳房が再建できるなら、傷あとも残らず、皮下脂肪が利用できて一石二鳥。夢のような再建方法・・・と思われるかもしれません。しかし脂肪注入による乳房再建は、残念ながらどんな患者さんにも必ず適応する方法ではありません。たとえ適応しても、手術を受けるにはさまざまな制約や課題があります。脂肪注入による乳房再建について、ぜひ知っておいていただきたいことをまとめてみましょう。
1.どんな患者さんにも適応するわけではありません
脂肪注入に際しては、まず患者さんのお腹や太もも、お尻などに直径3mm程度の管を刺して脂肪を吸引し、これを精製します。これを再建する部分の皮下脂肪や筋肉組織の中に細かく層状に注入し、生着させていきます。
ただし、脂肪注入による乳房再建には、乳がん手術後の乳房の状態によって、以下のような適応・不適応があります。また乳房が大きい場合は、数回にわたって注入を繰り返す必要があります(その分、時間と費用がかかります)。
【乳房再建に適応するケース/再建に有利なケース】
- 脂肪を採取できる場所が複数箇所ある
- 乳がん手術後、乳房に十分な量のやわらかい皮膚が残され、皮下脂肪も十分に残っている
- 乳頭乳輪が残っている(残っているほうが皮膚にゆとりがあり、再建には有利)
【乳房再建に適応しない/適応しにくいケース】
- 乳がん手術で乳房の皮膚が大きく切除されている。乳頭乳輪が切除されている。皮下脂肪がほとんど残っていない
- 乳がん手術で残された皮膚が非常に薄い。放射線治療で皮膚がダメージを受けている
- 温存手術による乳房の欠損部分が大きい(脂肪注入だけで欠損部分をきれいに埋めることは難しく、皮弁との併用になる可能性がある)
- やせ型で、採取できる皮下脂肪が少ない
- 両側乳がん(両側を再建するのに必要な量の脂肪を採取することが難しい)
- 喫煙者(毛細血管が収縮して血行が悪く、脂肪の生着を妨げる)
2.実施できる医療機関が限られています
次に、脂肪注入による乳房再建をめぐる環境面での制約があります。ひとつは、手術を受けられる場所が少ないことです。脂肪吸引や脂肪注入の技術を習得している形成外科医や、脂肪注入による乳房再建術を行っている医療施設は現状ではまだまだ限られており、いつでもどこでも受けられる手術というわけではありません。形成外科学会でも現在、脂肪注入ガイドラインの作成や、医師を対象としたセミナーの定期開催などを行い、実施医師や施設を増やしていくための取り組みを進めているところです。
3.現状では保険適用がなく、費用負担が大きくなります
もうひとつは費用面の問題です。
脂肪の精製には特殊な専用機器を使用します。生着率の高い脂肪を得ようとするほどそのコストは増大し、患者さんの負担も大きくなりますが、現在、脂肪注入による乳房再建には保険が適用されません。形成外科学会では、脂肪注入による治療にも保険適用が認められるよう活動を行っていますが、実施可能な時期についてはいまのところ未定です。
今後、実施医師や施設を増やしていくことや、専用機器の低コスト化が進み、また保険の適用が実現していけば、脂肪注入による乳房再建手術のハードルは大きく下がっていくものと期待されます。
Ⅱ.脂肪の生着率向上の技術は大きく進化しています
このように現状ではさまざまな制約がありますが、今後の環境整備が期待されるなかで注目しておきたいのが、脂肪の生着率を向上させる技術の進化です。ひとつは、生着率の高い脂肪を精製する方法における技術の進歩。もうひとつは、脂肪の生着をさらに促す機器の性能向上です。
1. 生着率の高い脂肪精製方法の開発 -注入する脂肪にはいろいろなタイプがあります-
注入した脂肪の生着率は、そのなかに含まれる“脂肪幹細胞”の濃度によって違ってきます。
“脂肪幹細胞”は、脂肪組織のなかに大量に含まれ、自ら分裂して脂肪幹細胞を増やすこともできれば、脂肪や血管をつくる性質ももっています。このため、“脂肪幹細胞”を多く含んだ脂肪を注入するほど、脂肪の生着率が高くなります。
現在、脂肪注入に用いられる脂肪には大きく分けて次のような種類があります。
①純脂肪
吸引した脂肪組織を遠心分離機にかけ、吸引時に使用する生理的食塩水や薬剤などを除去したもので、脂肪幹細胞のほかに、成熟した脂肪細胞や老化した脂肪細胞を含んでいます。
手術時間が早く、コストも低く抑えられるため、シリコンインプラント挿入後のデコルテ部分をなめらかにしたり、温存手術による小さな欠損を埋めたりする目的で、純脂肪の注入が現在もっとも一般的に使われています。
全摘後の純脂肪注入による乳房再建では、その生着率はおよそ30~40%程度です。体外式の乳房拡張器を併用した場合、その生着率を10~20%ほど上げることが期待できます。
②コンデンスリッチ脂肪
①よりも強い力をかけて遠心分離することで老化した脂肪を除去した、いわば精鋭部隊の脂肪です。
脂肪幹細胞がより高密度に得られるため、純脂肪よりも高い生着率が得られますが、①より多くの脂肪を採取する必要があり、やせて脂肪の少ない人や、抗癌剤治療中で脂肪が傷んでいる患者さんには向きません。分離に要する時間やコストもかかります。
③脂肪幹細胞付加脂肪
①を2組用意し、うち1組から脂肪幹細胞だけを取り出して残りの1組と混ぜ、全体の幹細胞の密度を2倍にしたものです。生着率は高くなりますが、①の2倍量の脂肪を必要とするため、やせた方には適応しにくくなります。精製にも多くの時間とコストを要するため、広く提供することが難しい状況です。
④培養脂肪幹細胞付加脂肪
①や②に培養した脂肪幹細胞を添付した脂肪です。③との違いは、必要な脂肪量が少なく済むため、やせ型で脂肪が少ない患者さんでも適応可能だという点です。すでに美容外科の世界では実用化されており、形成外科の分野でもこれから臨床経験が重ねられていく予定です。
なお、脂肪幹細胞の培養は厚労省が認可した専門施設が行っており、20cc程度の脂肪から片胸の再建に必要な3,000万個の脂肪幹細胞を生成できます。
(必要な脂肪量は、①または②+脂肪幹細胞の培養に必要な20cc程度)
2. 体外装着型乳房拡張器 -併用することで脂肪の生着を補助します-
注入した脂肪の生着率の向上を目的として、乳房拡張器という機器を併用することがあります。
これらはプラスチックやシリコンでできたドーム状の機器で、乳房にかぶせて弱い陰圧(吸い出す力)をかけて組織を拡張させ、人為的に浮腫(むくみ)を起こすことで毛細血管の生成を促します。豊胸術の分野で先行して使われてきたものです。
現在、日本でも数種類の製品(商品名:Noogleberry、EVERAなど)を入手することができます。ただし価格や装着時間、装着感、皮膚トラブルなどの点で一長一短があり、日本人の体質やライフスタイルに合った製品の開発が待たれているところです。
Ⅲ.脂肪注入による乳房再建手術のこれから
改めて、脂肪注入による乳房再建の方法について整理してみましょう。
注 ※データはすべて片側の全摘後再建の場合。
※※脂肪の生着率に関して、①の純脂肪は、横浜市立大学附属市民総合医療センター形成外科での経験を示したもの。②、③、④は国内実施施設が少なくデータも限られるため、予想値を示している。
● 移植した脂肪の生着は、移植する脂肪以外に、移植床である乳がん術後の乳房の皮膚、皮下脂肪、大胸筋、瘢痕(傷痕)の状況、体型(痩せている、太っている)、術後のケア方法などにより大きな差がある。
現在、乳がん術後の乳房再建に応用されている脂肪注入は、主に上記の①の「純脂肪」を用いるものです。これらは各医療機関内の倫理委員会において実施のコンセンサスが得られ、手術に必要な装置を備えていれば、施行が可能となります。
一方③と④に関しては、これらを実施する医療機関は「再生医療等安全性確保法」の規制対象となり、さまざまな義務を課せられます。また手術費用が比較的高額となります。このため③と④を行える医療機関は、全国でも数カ所に限られています。
今後はこうした環境が整備されていくことで、脂肪注入による乳房再建手術を受けられる機会も次第に広がっていくものと期待されています。
乳房再建医からのコメント
- 脂肪注入による再建を取り巻く環境は大きく変わりつつあります
-
佐武 利彦(さたけ としひこ)先生
富山大学附属病院 形成再建外科・美容外科 科長
脂肪注入による乳房再建に関心を持つ患者さんが増えています。
乳房再建の完成度を高めるために、いまや脂肪注入は必須の手技となっており、技術面の進歩にはすでに目覚ましいものがあります。今後、大きな課題である環境面の整備が進んでいくことで、遠くない将来には多くの患者さんが受けられるようになっていくものと期待されます。
とはいえ、どんな患者さんでも脂肪注入で乳房再建ができるわけではないことはご理解いただかねばなりません。
脂肪注入できれいな乳房の形をつくりやすいのは、全摘手術後、皮膚や皮下脂肪が十分に残っている場合です。逆に、残された皮膚が薄かったり、乳頭部分が崩れていたりすると、皮膚をきれいに広げながら脂肪を入れていくことが難しく、他の自家組織による再建を考えることになります。
ただしそのような場合でも、脂肪幹細胞を多く含んだ脂肪を皮膚に注入していくと、皮膚そのものの状態が改善することがあります。脂肪を入れる土壌を改善して、皮膚のやわらかさを取り戻すことができれば、脂肪注入での再建は難しくても、シリコンインプラントでの再建が考えられる状態にまで戻せる可能性もあります。脂肪注入には、単にそれで再建するというだけでなく、後々の再建につながるような土壌改善のポテンシャルもあるのです。
また、温存手術によるへこみや変型の修正なら脂肪注入だけで簡単にできるのでは?と思われるかもしれません。しかし温存手術後の乳房の内部の傷は非常に複雑で、放射線治療を併用していることも多いため、小さなへこみの修正であればともかく、大きな変型を脂肪注入だけで修正するのはたいへん難しくなります。
まず大切なのは、土台となる乳房の状態が良好であることです。そこに条件に適した種類の脂肪を最適な方法で注入し、さらに術前・術後の管理をしっかりと行うことで、よりパーフェクトな結果に近づけることができます。
脂肪注入による乳房再建が本格的に普及するまでには、まだまだ多くの課題が残されていますが、脂肪を精製する機器の低廉化などもあって、コストダウンを図る環境はずいぶん整ってきました。これから保険適用が実現に向かえば、さらに状況は大きく進むことでしょう。形成外科学会でも現在、脂肪注入による治療に関するガイドラインの策定や、習熟した医師の育成など種々の課題に精力的に取り組んでいます。近い将来には、まずインプラントや皮弁で再建した乳房の小さな修正などから保険の適用が開始され、やがて温存手術後の変型の修正、最終的には全摘後の再建などへと段階的に適用範囲が拡大していくものと期待しています。
(取材:2018年8月26日、11月4日)
*佐武先生は2020年1月より富山大学附属病院に異動になりました。