術後の下着は術式と時期で変化します
監修:東京医科大学病院 形成外科 小宮貴子先生
乳房再建を検討、また行った方から術後の下着選びについてたくさんの疑問が寄せられています。
2021年に『がん治療におけるアピアランスケアガイドライン』が刊行され、下着について医療者もガイドラインを作り、手術後の下着についても積極的に取り組むようになってきました。しかし、下着に関しては完全なことは書かれていないのが現状です。なぜならばエビデンス(科学的根拠)がつかみにくい分野でもあるからです。
E-BeCではこれまでも乳がん手術・再建手術直後の”下着”についてお伝えしてきましたが、今回は新たに術式別・時期別の下着選びについて、小宮先生に経験をもとにわかりやすく解説していただきました。
※以下は2022年7月9日(土)に開催された第20回E-BeCオンラインセミナー「術後のキレイをあきらめない!」~乳がん手術後と乳房再建後の下着選びを専門家がアドバイス~からの抜粋です。
術後の再建乳房の状態と望ましい下着選び
手術直後は手術の状態をキープするもので、さらに手術の結果を妨げない下着を選びます。手術後1年目くらいまでは再建術式ごとに対応が異なります。術後数年たつと、ある程度乳房のカタチは決まってきますので、生活しやすい下着で、かつ再建した乳房はどうしても変化していくのでその変化する乳房を補う下着を選びましょう。
術後の乳房は術式と手術後の時期ごとにあった下着が異なることから、3つにわけて整理していきます。人工物(インプラントなど)・自家組織(広背筋や腹部の皮弁を主に扱う)・乳頭乳輪の再建の3つの術式のパターンでさらに手術直後、中間期、術後数年に分けて説明します。
人工物による再建
最初にティッシュエキスパンダーを大胸筋の下に入れて、少しずつ水を入れて皮膚や筋肉を伸ばし、最終的にシリコンインプラントに入れ替えるものです。
現在使用できるエキスパンダーはアラガン社のつるつるした(スムースタイプ)もの(MRI検査が受けられない)。今後、エスタブリシュメント・ラボ社のモティバ、金属、磁石を使っていないマイクロテクスチャードアナトミカルタイプ(少しざらざら・しずく型)が出てくることになっています。
一方、インプラントはアラガン社のInspira(インスパイラ)、シエントラ社、今後はエスタブリシュメント・ラボ社のモティバの3種類となります。
エキスパンダー挿入手術後の下着選び
手術直後から一か月は、乳房が揺れないよう固定するブラジャーを使うことが一番大事です。フィット感のあるブラジャーを選んでください。苦しいという方は少しだけ余裕のあるものを。いずれにしてもしっかりと支えるものが推奨されます。
よく知っていただきたいのは、乳房が揺れるとエキスパンダーの周りの組織を刺激し、リンパ液や血液(浸出液)が増えてしまうということです。入院中はドレーンがあるので、それらを外に出すことができますが、ドレーンを抜いた後は中に溜まってしまい、エキスパンダー周囲によい被膜(反応性にできる線維の膜)を作る妨げになります。よい被膜ができればエキスパンダーは安定して、結果的に柔らかい乳房となります。直後は揺れないように乳房を固定できるブラジャーを着けることがとても大事です。
ブラジャーもただつければいいわけではありません。
肩ひもの長さを整えたり、乳房に接する面がたぐまないようにきゅっと引っ張ったりして、しっかりフィットさせることが大事です。
エキスパンダーはアンダーよりも少し低めの位置に入れることもあるので、ブラジャーのアンダーを低めにつけてもよいでしょう。アンダーが苦しいと思う方は、アンダー部分のホックを緩めたり、はずしたりすると、楽になります。
エキスパンダー挿入後1か月から入れ替え手術の間(中間期)におすすめしたいのは、伸びのよいブラジャーです。
エキスパンダーに水をいれていくので乳房が大きくなってきます。伸びに対応できるような柔らかいものがよいでしょう。ワイヤーがあるブラは勧めません。水を入れるたびに乳房のサイズが変わるのでワイヤーが食い込んでくることがあるからです。楽なブラで大丈夫なのか、と疑問に思うかもしれませんが、エキスパンダーの周囲に2週間から1か月で被膜ができると安定するため、その後はあえて固定しなくても大丈夫です。この時期は体を自由に動かしてよいですし、とにかくラクな伸びのよいブラを選びましょう。
インプラント入れ替え後の下着選び
インプラントをいれた直後は、エキスパンダーを入れた直後と同じで『乳房を固定できるブラジャー』を使ってください。インプラントに入れ替え1か月後くらいからの中間期では『術後の乳房を補助するブラ』がおすすめです。
図のように健康な乳房よりも少し下目にエキスパンダーを入れる形成外科医が多いです。インプラントに入れ替えるときに少し内側に皮膚を折り込むようにすると、乳房の輪郭を表現したり下垂感のある乳房に整えたりすることができるからです。この出来上がった乳房の輪郭をしっかり支えるブラジャーをおすすめします。ワイヤーの有無どちらでも構いません。胸の輪郭がしっかり決まる、支えるものであれば手術の結果をよくすることにもつながります。
逆にエキスパンダーの位置が、健側よりやや高く入っていた方は位置を下げて、左右対称になるように作ることになると思います。この場合、元の高い位置にインプラントが戻ってしまうことがあります。インプラントが新しく下のいい位置に入れたところに留まるように、乳房の上方にバストバンドを巻いてみることを検討してもよいでしょう。
最も大事なのはインプラントの輪郭に沿ったものをつけることです。一般的なワイヤー付きのブラジャーは寄せて挙げるものが多く、ワイヤーが狭くできているものが多いです。インプラントは寄せようと思っても寄りません。インプラントの輪郭に沿ったワイヤーあるいは形のしっかりしたものを選んでください。また、インプラントの上にワイヤーがのるとインプラントが変形しますので気を付けましょう。
術後数年たったあとは、乳房の下溝線(下のライン)があがってきて、乳房が小さくなるなどの変化が出てきます。内部の被膜が縮むなどの変化が理由です。生活しやすく、かつ変化する乳房を補う下着を身に着けるようにしてください。
患者さんからは『ワイヤーなど形がしっかりしているブラだと乳房に違和感がある。柔らかいカップ、伸縮性のあるブラのほうがなじむ』という声もあります。ご自身の体に負担のないよう、主治医や再建乳房のブラに詳しい下着屋さんに相談ください。
自家組織による再建
広背筋皮弁法は背中の皮膚・筋肉・脂肪に血管をつけた状態の組織にして、わきの下にトンネルを作り、胸側に移動させて乳房をつくる方法です。穿通枝皮弁法は筋肉を使わず、お腹などの皮膚・脂肪組織(DIEP皮弁)に細い血管をつけて切り離し、その後、胸の血管とつなぎ、乳房に挿入する術式です。このほか、太ももやおしり、また脂肪注入などもすべて自家組織再建に含まれます。
術後6か月間は圧迫をさけて、やわらかい下着を
自家組織再建で大事なことは、術後6か月間は圧迫をしないことです。よって、ふんわり接する程度のブラジャーを選んでください。圧迫するようなきついブラジャーは皮弁の血管を圧迫し、組織に行く血の流れを遮断して、結果的に脂肪壊死などを引き起こし、乳房が縮んだり、固くなったりする原因となります。
やわらかい、まとうようなブラジャーがおすすめです。前でホックを止めるタイプのブラでは、アンダーだけを止めて、上を開放してつかっても構いません。術後は再建乳房が腫れる場合もあるため、健康な方の胸にパットを入れて左右の大きさを整えたりすることもあります。胸の内側や外側に血管をつないだ場所があるので、この部分を圧迫しないようにしてください。
術後6か月経つと、皮弁周囲からも血液循環ができるようになり、安定します。そうなると再建乳房を圧迫しても問題がありません。6か月以降は胸を寄せて挙げても問題なく、ワイヤーの有無も問いません。手術前と同じブラジャーでもOKです。術後数年も、自家組織の場合は同じです。自家組織の乳房は柔らかく下垂してくることがあるので、そのような場合には重力に負けないように支えるブラジャーを選びましょう。
乳頭乳輪再建
乳頭乳輪の再建は健側の乳頭を移植する方法と、局所皮弁といって手術した胸の皮膚を星形などに切って立ち上げ、丸めて縫い合わせて乳頭を作る2つの方法があります。(タトウーの場合は下着の制限はありません。)移植と局所皮弁ではブラジャーの考え方が違いますので覚えておきましょう。
移植による乳頭乳輪再建の術直後
移植した場合、術後約2週間でしっかりくっつくので、その間は、ずれないようにブラジャーで固定しておきましょう。密着させないとくっつきませんので夜間も“ナイトブラ”があった方が患部を固定しているテープもはがれなくてよいでしょう。2週間たったら、その後1か月くらいは乳頭保護器で保護してください。
局所皮弁による乳頭乳輪再建の術直後
一方、局所皮弁の場合は正反対です。術後2週間はブラジャーによる圧迫は禁止です。血流を遮断しないようにしましょう。また、2週間後からおよそ1年は乳頭保護器でカバーして、ブラジャーの圧迫から守ってください。この保護が、乳頭をつぶれないように保つコツの一つです。
自分にあったブラを探すためには自身の再建乳房の術式を知り、『術式』と『術後の時期』に適した下着を選ぶことが大切です。
(文:阿久津友紀)