プロポーズ直後に遺伝性乳がんが発覚。乳房再建・結婚・出産、そして仕事への復帰を経て、今、次世代に伝えたいこと
東京都T.Eさん(42歳)
手術方式:一次二期再建
2012年2月 乳がん手術(左側全摘)+エキスパンダー挿入
執刀 がん研有明病院 乳腺外科 森園英智先生
形成外科 棚倉健太先生(当時)
・乳房再建手術
2012年5月 インプラント入れ替え(左側)
執刀 がん研有明病院 形成外科 棚倉健太先生(現三井記念病院)
・乳頭乳輪再建手術
未再建
術前治療:なし
術後治療:なし
乳がんとの診断を受け、想定外の新婚生活がスタート
乳がんと診断されたのは夫からプロポーズを受けた直後、31歳になりたての頃でした。その半年くらい前から左胸に固い部分があり、ブラジャーのワイヤーが当たる時や、ゴルフで1ラウンドまわるだけでも痛みを感じるような状態でしたが、超音波検査では異常なしでした。病院に行くのは気が進まなかったのですが、夫から強く促され、近所の乳腺外科で検査を受けたところ、乳がんが発覚。「仕事もやり切ったし、寿退社して夫の転勤先の岡山で新婚生活を…」などと考えていた矢先のことで、まるで奈落の底に落とされたような気持ちになりました。
私の母も乳がん経験者でしたので、遺伝子検査を受けたところHBOC(遺伝性乳がん卵巣がん症候群)であることも分かりました。母もショックだったようで、ずいぶん謝られましたが、一方で、たくさんのアドバイスももらえました。母と同じがん研有明病院で診てもらうことになり、「親子揃って乳がん患者だから、すっかりマークされちゃったね」などと言いながら外来に付き添ってくれました。
その頃、母は私に内緒で、夫に「結婚、やめてもいいわよ」と話したことがあったようです。でも夫の決意は固く、「一緒に頑張っていこう」と手術の1カ月前に入籍。当初思い描いていたものとはずいぶん違う形で新婚生活がスタートしました。
将来の出産の可能性を見越し、インプラントでの乳房再建
いざ手術となると恐怖を感じ、がん治療の本などはとても読む気になれず、料理の本や英語の資格の本などを読んだりして、気を紛らわせていました。正直なところ乳房再建まで気が回らず、乳腺外科の先生に言われるがまま形成外科の外来に行くような状態でした。乳房再建した患者さんの集まりにも参加しましたが、お会いした方の多くは年上で、しかも自家組織での再建。私の場合は将来の妊娠・出産の可能性を踏まえると実質的にインプラント一択で、当時はまだ保険適用外(※)でした。「インプラントの再建だと、2泊3日で100万円くらいかかるけど大丈夫?」という先生からの問いかけに、「どうせ長く生きられないなら…払いますよ!」と少し投げやりな気持ちで再建を決めました。
手術は無事成功。術後のホルモン治療で妊娠・出産に影響が出るかもしれない…と卵子凍結について少し調べたりしていたのですが、主治医の先生は少し悩みながらも「免除します」と仰ってくださいました。おそらくギリギリのご判断だったと思いますが、私のライフイベントを優先してくださったようです。
岡山への引越しなどもあり、手術前後はずいぶん忙しくしていましたが、エキスパンダーからインプラントに入れ替えた数カ月後には結婚式を挙げ、ウェディングドレスを着ることができました。そして幸いなことに翌年長女を出産。通院のため岡山と東京を往復しながら育児をしているうちに、乳頭乳輪の再建は後回しになってしまいました。2年後に東京に戻ってきてからも決心がつかず、「将来、長女が拒絶するようなことがあればその時に考えよう」と思っていたのですが、今では一緒にお風呂に入ると「おっぱい、ツルツルでいいね!」「そうでしょう!」なんて言い合っていますので、乳頭乳輪の再建はせず、このままでもいいかな、と思っています。
手術後10年を経て感じた、心境の変化
乳がんの手術後は、数カ月おきに乳腺外科・婦人科に、1年~1年半ごとに形成外科・遺伝子外来にそれぞれ通院し、経過観察する日々がずっと続いています。MRIでの検査も毎年行い、結果が出るまではものすごく緊張します。HBOCと診断されていますので、健側乳房や卵巣の予防的切除も頭をよぎります。予防的切除は欧米では一般的な手術ですが、主治医の先生の見解では「更年期の症状が強く出る可能性がある」とのことで、一旦経過観察を続け、45歳くらいを目安に考えようかという話になっています。若くして乳房再建し、時間もたっていますので、再建側のインプラントの状態も併せてチェックする必要があるかもしれません。
乳がん手術、乳房再建、結婚、出産、育児、そして仕事復帰…と、まるで生き急ぐかのように過ごしてきましたが、昨年、乳がん手術から10年の節目を迎えました。遺伝性ということもあり、これまで「あまり長く生きられないのでは」という不安を抱えて生きてきましたが、10年を経て、“生かされている自分”を強く意識するようになりました。「こうして毎日元気に過ごせていることに、何か意味があるのでは」と考え、ピンクリボンアドバイザーの資格を取得。今年から、がん教育認定講師として中学校や高等学校で講義を行っています。数々のライフイベントを経た今、自分の使命は「子どもたちやその家族に、健康の大切さや、がんの正しい知識を伝えていくこと」だと思っています。学生達はみんな真剣に話を聞いてくれますし、前向きな感想も届き、とてもやりがいを感じています。
*インタビュー記事は個人の体験談に基づく感想で、E-BeCで推奨するものではありません。体験談は再建を考える際の参考にしていただき、主治医や医療者とよく相談をして決めるようにしてください。
(オンライン取材:2023年5月)
※2023年現在、インプラントでの乳房再建は保険適用での手術が可能です。