がん治療時の副作用軽減のためにも
自分でできるケアについて知っておきましょう
がん治療には口の中のトラブルがつきものです
いまやがんは治る病気となり、患者さんも病気と付き合いながら生きていく時代となりました。医療現場でも、患者さんの生活の質(QOL)を維持する考え方が重視されるようになっています。このとき非常に大切になるのが、口の中を良好な状態に保つ“口腔ケア”です。なぜがん治療においては口腔ケアが重要なのでしょう。
がん治療では、抗がん剤などの化学療法や放射線治療が併用されることが多く、そのときに口内炎が起こりやすいことが知られています。たとえば乳がん治療に用いるアフィニトールという抗がん剤では、7割の患者さんに口内炎が発症するとされています。
疲れたときなど日常生活でしばしば経験する口内炎とは異なり、抗がん剤の副作用として起きる口内炎は口のなかに広範囲に起こり、飲食もできないほどの痛みを伴うことがあります。食事がとれなくなると体力が落ち、がん治療の継続に支障をきたすだけでなく、抗がん剤治療に伴う免疫力の低下も加わって感染症にかかりやすくなります。口内炎を起こしたところから細菌が体内に侵入し、敗血症という最悪の場合は死に至る病気を引き起こすことさえあります。
こうしたトラブルを防ぐうえでたいへん有効なのが、“口腔ケア”によって口のなかをきれいにしておくことです。
そのためにやるべきことは2つだけ。ひとつはがん治療を始める前に歯科を受診して、虫歯や歯周病を治療しておくこと。もうひとつは、口の中を清潔に保つためのセルフケアを続けることです。
歯科治療を受けてトラブルのリスクを減らしておきましょう
がんの治療方針が決まったら、なるべく早くかかりつけの歯科医を受診するようにしましょう。主治医に紹介状を書いてもらえばコミュニケーションもスムーズです。
歯科を受診する目的は次の2つです。
1.スクリーニング
成人の8割は何らかの歯周病を持っているといわれますが、自覚症状がない場合も少なくありません。がん治療で免疫力が低下すると、自覚されなかった歯周病が悪化しやすくなります。炎症によって口内細菌が繁殖すると、二次的な感染症の原因となることもあります。虫歯や歯周病の有無をチェックし、悪いところがあれば可能な範囲で治療しておきましょう。
2.クリーニング
口内細菌の温床となりやすいのが歯垢(プラーク)です。歯垢は歯石の周囲に付着しやすいので、歯科で歯石を除去してもらうと歯垢がたまりにくくなり、歯磨きによるセルフケアの効果も上がります。
がん治療中のセルフケアも忘れず継続しましょう
歯科で治療やクリーニングを受けたあとは、患者さん自身で日々のセルフケアを続けることが大切です。抗がん剤や放射線治療中は唾液の分泌量が減ることが多く、唾液による自浄力が低下するため口腔内が汚れ、細菌が繁殖しやすくなります。治療中の口腔内の状態を良好に保つため、ぜひともセルフケアの習慣を身につけましょう。
といっても難しいことではなく、歯みがきやうがいなど普段行っていることに少し注意を向けるだけでよいのです。
1.歯みがき
基本は毎食後行うことですが、体調がすぐれなければ1日1回でもかまいません。ブラシはヘッドの小さいやわらかめのものを選び、しみるようなら刺激の弱い歯みがき剤を使用します。デンタルフロスや歯間ブラシの使用もお勧めです(正しい使い方は歯科医の指導を受けるようにしましょう)。
2.うがい
口腔内の洗浄と保湿に効果があります。梅干し大程度の水を口に含み、10~20秒程度ぶくぶくさせることを3回ほど繰り返します。水道水で十分ですが、しみる場合は生理食塩水(水500mlに食塩小さじ1杯弱)がよいでしょう。口内をすっきりさせたいときは、低刺激のマウスウォッシュ(洗口液)を使用してもかまいません。
3.その他
スポンジブラシで粘膜や歯ぐきの汚れをぬぐうと、口内が刺激され唾液の分泌を促す効果もあります。口内の乾きが気になるときのために、保湿用のジェルやスプレーも市販されています。
《注意》
※抗がん剤の副作用で食事がとりにくくなることがありますが、咀しゃくによって唾液が分泌されるので、飲食をしないときのほうが口内は汚れがちです。食べられないときも、可能な範囲で歯みがきやうがいを行うようにしましょう。
※嘔吐がある場合、胃酸は歯を溶かすほどの強酸性なので、しっかりと口をゆすぐことが大切です。
乳房再建医からのコメント
- 適切な口腔ケアは、患者さんのQOLはもちろん
予後にもダイレクトに影響するものです -
百合草 健圭志(ゆりくさ たかし)先生
静岡県立静岡がんセンター 歯科口腔外科部長
がん治療中にはさまざまな口のトラブルが起こりやすく、痛みの辛さなどで治療の継続が困難になることも珍しいことではありません。こうしたリスクを少しでも軽くするには、がん治療の開始前に歯科医を受診し、必要なケアを受けておくことがきわめて有効です。歯科医に診てもらうことで自分の口のなかがどんな状態にあるかがわかり、がん治療中にトラブルが起きても適切に対応することができます。
抗がん剤に関するある有名な臨床試験は、副作用などを理由に予定よりも投与期間が延びたり、投与量を減らした場合と、一切投与しなかった場合の死亡率が変わらなかったと報告しています。抗がん剤は、適切な量を適切な期間投与してこそ効果が得られるものなのです。もし口腔内の管理ができていなかったために副作用が辛くなり、適切な治療が行えなくなると、患者さんのQOLを大きく下げるだけでなく、予後にも大きく影響してきます。十分ながん治療には、適切な口腔ケアを欠かすことができません。
また、乳がん手術の後に起きる転移再発には骨転移が多いことが知られていますが、骨転移の進行を抑える骨吸収抑制薬(ビスホスホネート、デノスマブ)には、顎(あご)の骨が壊死しやすいという副作用が報告されています。顎の骨は歯ぐきのすぐ下にあるため、口腔内に細菌が繁殖していると直接悪影響を受けてしまいやすいのです。こうしたことから、現在では乳腺外科でも治療前の口腔ケアの重要性が広く認識され、乳がんの診療ガイドラインでも骨吸収抑制薬使用前の歯科受診が推奨されるようになっています。
現在のがん治療では、がんそのものの治療だけでなく、患者さんやご家族の苦痛や負担を軽減する「支持療法」の考え方が重視されるようになってきました。口腔ケアは患者さん自身で行うことのできる支持療法のひとつです。いまや、がんは長くつきあっていく病気となりました。ご自身のQOLを維持するためにも、口腔ケアの重要性を知り、上手なセルフケアの方法を身につけていただきたいと願っています。(取材:2017年4月18日)