継続的な保湿ケアでダメージを受けた皮膚状態の改善を図りましょう
なぜ、放射線治療後のインプラントでの再建は難しいとされるのでしょうか
乳がん治療で乳房部分切除術(温存手術)を行ったときは、温存した乳房やリンパ節内でのがんの再発リスクを抑えるため、放射線治療を併用することが一般的です。全摘手術の場合でも、再発リスクが大きいと判断されたときは、乳房切除後の胸壁に放射線を照射することがあります。
ただ、放射線治療は照射部位にやけどのようなダメージを与え、赤く腫れる、かゆくなる、ひりひりする、水ぶくれになる、黒ずむ、かさかさに乾燥するなど、人によってさまざまな副作用があらわれます。
こうした症状は照射を終えて数週間程度でかなり回復しますが、多くの場合、照射部分の皮膚は健康な皮膚に比べて薄く弱くなり、弾力性を失います。そうなってしまった皮膚をティッシュエキスパンダーで伸展させようとしてもうまく伸ばせないことが多く、このため放射線治療後のインプラントによる乳房再建は難しいといわれています。
照射後は、継続的な保湿マッサージで皮膚の状態改善をめざしましょう
では、放射線治療を受けた乳がん患者さんは、インプラントで再建することはできないのでしょうか。
インプラントをメインに、長年にわたり多くの乳房再建手術を手がけてきた岩平佳子医師(医療法人社団ブレストサージャリークリニック院長)は「決して不可能ではありません」と言います。ただしそのためには、放射線治療を終えたときから毎日十分な保湿ケアを続け、皮膚の弾力性や血行を少しでも取り戻せるよう努力することがたいへん重要です。
放射線照射後は皮脂腺や汗腺の機能が失われ、皮膚が乾燥しやすくなります。しかし保湿効果の高いクリームやローションで適度に油分と水分を補いながらマッサージを続けると、皮膚の水分量や血行の回復が促進され、柔らかさや弾力性がある程度回復することがあるからです(誰もが同じように回復するわけではなく、あくまでも個人差があります)。
再建をする予定のない人にも保湿ケアは大きな効果があります
保湿マッサージは、乳房再建を行う予定のない方にもたいへん有効です。放射線照射のために皮膚の伸展が悪くなることで腕がつっぱって上がりにくくなったり、人によっては潰瘍ができやすくなったりすることもあります。皮膚の柔らかさを少しでも取り戻すためには、再建するしないにかかわらず、放射線治療が終わったらなるべく早く保湿ケアを始めることには大きな効果があります。
マッサージは、朝晩の歯磨きの後などに1日2回、保湿力の高いクリーム(※注)を真珠1粒大ほど、べたつきがなくなるまでゆっくりと塗り込みます。岩平医師は、「最低でも6ヵ月間は続けてみてください。その部分の皮膚を指でつまんで持ち上げ、いろんな方向へ動かせる状態になっているかがひとつの目安。個人差はありますが、回復の状況によってはインプラントによる乳房再建が可能になる場合もあります」とおっしゃいます(毎日のマッサージで皮膚の状態が改善しても、必ずインプラントでの再建が可能になるわけではありません)。
※注●保湿マッサージ用の医薬品クリーム
医薬品として、保湿目的に多くの医師が推奨するのが、「ヒルドイドソフト軟膏0.3%」(保険適用対象)です。
ヘパリン類似物質を主成分とし、スクワランなど油分を多く含むため保湿力が高く、乾燥症状の軽減や血行の促進などの効果があります。副作用が少なく、継続的な使用が可能ですが、医療用医薬品なので購入には医師の処方箋が必要です。後発医薬品(ジェネリック薬)もありますが、基剤の相違のため皮膚透過性や持続力が先発薬より劣るとの見解が示されています。
放射線照射後の“被膜拘縮”には乳房のマッサージを
もうひとつ、放射線治療を受けた人がティッシュエキスパンダーやインプラントを入れると、“被膜拘縮(カプセル拘縮)”が高い確率で生じる傾向があるという点にも注意しておく必要があります。
“被膜拘縮”とは、異物に対する拒否反応として起きるの合併症のひとつで、エキスパンダーやインプラントをくるむように被膜が生じ、硬く縮んでくる状態をいいます(放射線照射を受けていなくても起きる場合はあります)。被膜拘縮が起きると再建した胸は変形し、強い痛みが出ることもあり、せっかく入れたインプラントを抜かざるを得ないこともあります。
ティッシュエキスパンダーやインプラントの挿入後に被膜拘縮が起きてしまったときは、入浴時などに乳房ごとぐいぐいと動かすようにマッサージすると、被膜が縮んで硬くなるのを防ぐことができます。
2018年6月4日
乳房再建医からのコメント
- 放射線照射後のインプラントでの再建はハイリスクですが入念なマッサージの継続で可能になることもあります
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岩平 佳子先生
医療法人社団 ブレストサージャリークリニック 院長(形成外科医
放射線照射の副作用はさまざまで、うっすら赤くなる程度の人もいれば、いつまでも強い赤みが引かない人や、乾燥に悩まされる人もいます。こうした違いが何によってもたらされるのか、長年にわたって大勢の患者さんの変化を追ってきましたが、放射線に対する感受性の違いは、結局のところご本人の体質に起因すると考えるほかないようです。
放射線照射後のインプラントによる再建も、その可否については患者さんの体質によるところが大きく、事前に判断することは難しいのですが、強く希望されるのであれば、まずは照射治療を終えてすぐ保湿マッサージを開始してみてください。少なくとも半年間、保湿効果の高いクリームで毎日2回のマッサージを続けてみて、照射部分の皮膚をつまんで動かせる感触があれば、インプラントで再建できる可能性が出てきます。それでも、私の患者さんでもおよそ4分の1はうまく再建できず、広背筋皮弁など自家組織による再建に切り替えるか、再建そのものをあきらめる人もいますので、インプラントを希望する方は、ぜひそこまでを理解したうえで、入念なセルフケアを続けてみていただきたいと思います。
朝晩のお顔の手入れと同じように、乳房にも毎日わずかなセルフケアの時間をかけることで、長期にわたってきれいな乳房を維持することができるはずです。